発災10日目の熊本へ ― 災害ボランティアで見えた「現場に行かなければ分からないこと」
8月7日から9日まで熊本を訪れ、8月8日の一日、宇城市で災害ボランティアとして活動してきました。
今回、私が現地に入ったのは発災から10日目。
ニュースで被害の状況を見ながら、防災士として「実際に現地へ行き、自分の目で見て、自分にできることをしたい」と考え、熊本へ向かいました。

現地へ行く前に一番不安だったのは「情報がない」こと
今回、現地へ向かうにあたって感じたのが、被災地の具体的な生活情報が意外なほど分からないということでした。
鉄道やバスは動いているのか。道路は通行できるのか。ガソリンは給油できるのか。コンビニで食料を買えるのか。ホテルは泊まれるのか。
さらに熊本へ向かう時には台風も近づいており、雨が降れば予定していたボランティア活動自体が中止になる可能性もありました。
災害のニュースはたくさん流れていても、実際に現地へ行こうとすると「自分が行ったらどう動けるのか」という情報がなかなか見つからない。
これは今回、最初に感じた大きな課題でした。
現地での「足」にスクーターを選びました
道路や公共交通機関の状況が分からない中、現地での移動手段として選んだのがスクーターです。
小回りが利き、道路状況に応じて動きやすい二輪車なら、自分の目で被災地を見て回ることができると考えました。

ホテルはほぼ満室、宿泊先はカプセルホテル
宿泊先を探してみるとホテルはほぼ満室で、ようやく確保できたのがカプセルホテルでした。

一方、熊本市内のコンビニへ行ってみると、心配していた食料は十分に並んでいました。現地へ来て初めて分かったことの一つです。

「食料を現地で買えるのだろうか」と心配していただけに、実際に商品が並んでいるのを見て少し安心しました。
同じ熊本でも、まったく違う光景
実際にスクーターで走ってみて驚いたのが、地域による被害状況の違いです。
熊本市内では普段に近い生活が営まれている一方、宇城市、氷川町などを走ると景色が変わってきます。
倒壊した家屋、崩れた土壁、隆起した道路、曲がった電柱、ブルーシートで覆われた建物。ほとんどの店舗が営業できていませんでした。


「見た目では分からない被害」がある
もう一つ印象に残ったのが、外から見ただけでは分からない被害があるということです。

一見しただけでは分かりませんがマクドナルドも休業中でした。

「建物が立っている=被害がない」ではありません。
あるカーディーラーでは、坂の途中に店舗があるため、建物を修復するだけではなく、次に地震が起きても大丈夫なように土壌から改善しなければならないという話も聞きました。
これも現地を自分の目で見たからこそ分かったことでした。
前回とは違う「真夏の熊本地震」
そして今回、強く感じたのが真夏に発生する災害の厳しさです。
前回の熊本地震は4月でしたが、今回は真夏。猛烈な暑さの中で、被災された方も、復旧作業にあたる方も、ボランティアも活動しなければなりません。
暑さそのものが大きなリスクになります。
地震への備えというと、水、食料、非常用トイレなどを考えますが、災害がどの季節に発生するかによって必要な備えは大きく変わることを改めて実感しました。
8月8日、宇城市で災害ボランティア活動
8月8日、宇城市災害ボランティアセンターで受付を済ませ、マッチングされた被災住宅へ向かいました。

現場では屋根から落ちた瓦やはがれた漆喰の廃棄、家屋の片付けや家財の搬出を行いました。

この日も35度という真夏の暑さの中での作業でしたが、その日に初めて会ったボランティア同士が自然に声を掛け合い、力を合わせて作業を進めます。
そして一軒の住宅から出た災害ごみは、最終的に軽トラック約10台分にもなりました。

災害ごみの搬出で感じた「情報共有」の難しさ
今回、災害ごみの搬出では、災害直後ならではの混乱も経験しました。
8月8日から一般家庭の災害ごみ受け入れが始まり、集積場へ持ち込む際には細かな分別が必要でした。
しかし、そうした情報がボランティア側へ十分に伝わっておらず、現場では戸惑う場面がありました。
さらに災害ごみを積んだ軽トラックで集積場へ向かうと、11時30分から13時までは受け入れ休止。

そのことを事前に知らされていなかったため、私たちは13時まで待つことになりました。
この日、別の集積場では100台以上の車が並んでいたという話も聞きました。
待っている間、ボランティア同士で「災害時だからこそ、交代で休憩するなどもう少し柔軟な受け入れ体制ができないだろうか」といった話もしました。
もちろん、誰かを責めるということではありません。
行政も社会福祉協議会も被災者もボランティアも、突然発生した災害の中で手探りで動いています。
だからこそ、災害時には「正確な情報を、必要としている人へ、いかに早く届けるか」が非常に重要なのだと思います。
善意だけでは支援できないこともある
支援物資についても、現地で興味深い話を聞きました。
「被災地の役に立ちたい」と善意で物資を送っても、必ず配れるわけではありません。
避難所では、避難している方の人数分がなければ公平性の問題から配布できない場合もあるそうです。
「支援したい」という気持ちと、「現地が本当に必要としている支援」は必ずしも同じではない。
被災地支援を考えるうえで、非常に大切なことだと思いました。
家主のおじいさんが私たちに「合掌」
一日かけて作業を行い、最後に皆で帰ろうとした時のことです。
被災した家の家主のおじいさんが、私たちに向かって「ありがとうございます」と言いながら手を合わせ、合掌されました。
その姿が、今も忘れられません。
私たちが一日でできたことは、長い復旧へのほんの一部分にすぎません。
それでも、東京から熊本まで来てよかった。
心からそう思った瞬間でした。
宇城市災害ボランティアセンターから活動証明書
活動終了後、宇城市災害ボランティアセンターより「ボランティア活動証明書」を発行していただきました。

一日の活動ではありますが、ニュースを見るだけでは分からなかったことを、実際に被災地へ入り、自分の目で見て、自分の手で作業することで数多く学ぶことができました。
被災地のすぐ隣には「普通の日常」がある
今回もう一つ驚いたのが、同じ熊本県内でも地域によって大きな「温度差」があることでした。
宇城市、氷川町、八代市などでは被害が残り、営業していない店舗もある一方、被害の比較的少ない熊本市内では普段に近い生活が営まれていました。

これは当然のことなのかもしれません。
しかし、大きく倒壊した家屋を見た後、少し移動すると普通に買い物をし、食事をし、生活している人たちがいる。
実際に両方の光景を同じ日に見ると、不思議な感覚になります。
災害とは地域全体が一様に止まるものではなく、「大きな被害」と「普通の日常」がすぐ隣に存在するものなのだと実感しました。
そして熊本で、35年ぶりの再会
今回の熊本では、もう一つ、とてもうれしい出来事がありました。
大学時代の友人と、なんと35年ぶりに再会することができました。
学生時代を一緒に過ごした友人と長い年月を経て、まさか災害ボランティアで訪れた熊本で再び会えるとは思ってもいませんでした。
災害によって壊れてしまうものがある一方、人と人とのつながりは何十年という時間を越えて、再びつながることがあります。
今回の熊本では、災害の厳しさと同時に、人の力、人の優しさ、そして人とのつながりを強く感じました。
鉄人防災士として、今回一番伝えたいこと
ニュースを見ることも、防災について勉強することも大切です。
しかし今回、発災から10日目の熊本を自分の目で見て、被災された方の話を聞き、ボランティアの皆さんと汗を流したことで、強く感じたことがあります。
「現地へ行かなければ分からないことが、これほどたくさんある」
道路は通れるのか。食料は買えるのか。ガソリンは入れられるのか。どこに泊まれるのか。災害ごみをどこへ、どのように運ぶのか。どんな支援物資なら本当に役立つのか。
災害が起きてから初めて考えることが、実はたくさんあります。
だからこそ平時から、「もし今日、自分の住んでいる街で災害が起きたらどうするか」を考えておくことが大切です。
今回、熊本で自分の目で見て、聞いて、体験したことを、これからの「鉄人防災士」としての活動や防災セミナーにしっかり生かしていきたいと思います。
災害を恐れて知らぬふりをするのではなく、
災害を知ったうえで、楽しく防災をする。
これからも、自分で見て、体験して、感じたことを、一人でも多くの方へ伝えていきます。
